つらつらら

推しのこととか 読書の感想とか いろいろ

📚山本文緒/自転しながら公転する

この本を読んだ時に、心にグッときた、とても共感した、面白かった、と同じくらい、疲れたと思った。

 

長距離移動中に読んだから疲れたというのもあるけれど、疲れた理由は多分、都があまりにも自分と重なって、日頃自分が目を逸らしていたり、深く考えないようにしていたりと、騙し騙しで生きてきた現実を、一気に直視してしまったからだと思う(仕事の昼休みにも読んでいたけれど、読んだ後は胸がドキドキして(勿論トキメキの意味ではなく)苦しくなり、仕事が何だか手に付かないわ…なんてこともあった)。

それでも、そんな思いになったにもかかわらず、読んでよかったと思えたし、読後感はめちゃくちゃスッキリ!とは言い難かったけれど、それでもどこか清々しい気持ちにもなった。現実的な内容のお話は、重たくなってもう読みたくないような気がするのに、私は猛烈に山本文緒さんの他の本を読んでみたいと思った。

山本文緒さんは、実は今年最初に読んだ「なぎさ」で初めてその存在を知った。彼女の作品を読むのは、本作が2回目だった。

私は好きな作家ばかり読んでしまう傾向にあるので、恥ずかしながら山本さんのことはなぎさに出会うまで全く知らなかった(こんなにも有名な方なのに)。なぎさは素晴らしい本だったし、その一冊を読んだだけで「私はまた彼女の本を読むだろうな」と思うほど好きだったけれど、しばらく間が空いてしまった。

本作も、本当は単行本が発売された時からタイトルが印象に残っていて知っていたけれど、手に取ることはなかった。帯に「本屋大賞ノミネート!」とデカデカと書いてあり、それで引いてしまったからだ(面倒くさいやつだけど、私は帯の文句がくどいと、興味が失せてしまうタイプ)。

それからしばらくして文庫化され、本屋に陳列されているのを見て、今度は素直に読んでみようという気になった。背表紙に書かれたあらすじに惹かれ、きっと自分に重なることがたくさんある、気づきがたくさんあるだろうと思ったからだ。

 

今回は本書を読んでの感想をつらつら書きます(私の場合は、本の紹介記事のようなまとめかたは出来ないので、本当にただ感想を書いているだけになります)。

※セリフの引用やネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。

 

母親の更年期

お母さん(桃枝)の更年期の描写に

桃枝は自分の体調不良を更年期障害だと診断されたとき、夫と娘が『病気じゃなくてよかった。ほっとした』と言ったことを、口にはしないが根に持っていた」

山本文緒『自転しながら公転する』(文庫) 新潮社 2022年 168頁

とあったのを見て、私の母もこんな気持ちだったのではなかろうか、と思った。
私の母は桃枝のような酷い更年期障害ではなかった(と思う)けれど、メンタルが落ち込んだり悲しそうにしていたり、不安そうにしていたり、そういうことはままあり、それはだいぶ長く続いた。今でもその気は残ってるけれど、最近はだいぶ落ち着いてきたような気もする。明確に更年期だったのかと言われれば、病院に行ったわけではないから分からない。そんなふうに弱ってしまった母に対して、寄り添うときもあったけれど、イライラして突き放したり、正論めいたことや根性論的なことも言ったと思う。母は何も言わなかったし、それでも私を頼りにしてくれていたけど、心の中では桃枝のように根に持ち、ずっと傷ついていたのかもしれない。

 

結婚とは

これまたお母さん(桃枝)の描写になるのだが、夫との結婚について

この人ではない人と結婚したかった。そう思ったことは何度もあったが、今更離婚するほどの理由もないのでここまできてしまった。

山本文緒『自転しながら公転する』(文庫) 新潮社 2022年 183頁

と振り返る場面があった。
ここを読んだ時、未婚の私は夫婦とは何だろうか、と思ったり、自分もいつかこんな気持ちで、結婚したことを後悔するのだろうかと思った。でも実際のところ、夫婦関係は当然だがこれだけの描写で片づけられるほど単純ではないことが、物語を通して分かってくる。夫婦関係に限らず、人間、いっときの感情だけでは判断できないとも思った。

私の両親は特別仲良しでは無いけれど不仲でも無い。でも数年前まではあまり仲が良くな無い時期があったと思う。それを感じ取るたびに、なぜ別れないのか、と疑問に思うことがあった。今思えば私が短絡的なんだけれど、必ずしも嫌悪や愚痴があったからと言って、全てがダメとも限らないのだ。そういうことを、桃枝と夫の関係性から感じた。

一見、桃枝と夫の関係は、夫のほうが立場が強いように見えるし、桃枝自身も夫から圧をかけられていると感じていた。でも物語が進んでいく中で、彼女はこんな風に気づく。

夫や世間からかけられる圧力ばかり気にしていたが、自分が夫にかけていた圧力には無自覚だった。

山本文緒『自転しながら公転する』(文庫) 新潮社 2022年 455頁

桃枝からすれば夫だから当然のようにやってくれていると思っていたことが、実はそうではなかったのかもしれない、と気づく。複雑な家庭のことは、夫に任せていたら良いと思っていたが、実は言わなかっただけで、夫もまた人知れず苦労をしていたのである。夫婦間に限らず言えることだけれど、どんな人間関係においても意外と気づきにくい視点だと思った。私もこの文を見てはっとしたというか。私は私に向かってくる圧力には敏感で傷つくくせに、人に向けてる無自覚な圧力のことを考えたことはあっただろうかと思った。


大人だけれど大人になりきれない

主人公の都が、交際相手である貫一の意外な一面(認知症の父の介護、災害ボランティアなど)を知って驚き、それが次第に愛情を深める作用から自己嫌悪になっていった、というのは分かる気がした。
都は貫一のように、自分を犠牲にしてまで人に尽くすことが出来ない。家族に対しても。私も同じく彼女のように、家族でも自分を犠牲にすることが嫌というか、そこまでの思いになれなかったことがあるので、自分の薄情さに呆れることはある。そういう精神が、やはり都と同様幼いのだろうと思う。それと同時に、本当の意味での危機に直面したことがないから、どこかまだ他人事のような感覚なんだろうとも思う。

「ううん、私は実の親だって心のどっかで疎ましく思ってる。仕事にだって、なんの意欲もない。きっと誰に対しても心からは優しくできない。自分が楽することだけを考えてる。着飾ることだけが好きな、程度の低い人間なんだと思う。がっかりしたでしょ」

山本文緒『自転しながら公転する』(文庫) 新潮社 2022年 265頁

これもまた、あぁ私だなと思った。こんなに自立できてないのは私だけなのかも、とこのセリフを見てグサッと来たけれど、後書きやTwitter、ネットでの感想を見ていると、同世代の女性にはどうやら刺さる人が多かったらしく、みんなちゃんとしてるようで、内面は似たようなものなのかもしれないと思った。

ちなみに、Twitterで感想を見ていたらとある男性の方が「序盤からやばいと思ったが結局ずっとこの主人公に呆れっぱなしだった。30過ぎにもなってこんな子供じみた頭の女は痛すぎる。全く魅力のないただのアホな女性には魅力のカケラも感じない」と酷評されており、おお…と怯んだ。いや、正論ではある。だけれども、都のこの感覚って男性が理解するのは非常に難しいのではないだろうかとも思う。男だとか女だとかであまり片づけたくはないけれど、彼女のこの感覚を、単純に「甘えたで痛くて魅力のないアホ女」として片付けられるものなのだろうか。

 

独りで生きていくということ

都の父(すなわち桃枝の夫)がなんやかんやあって手術をしたんだけれど、その時に都はふとこんなことを思う。

もし自分が結婚をせず独身のまま年をとって、同じような手術をした場合、誰がこんなふうに切り取った臓器を見てくれるのだろう。誰が医者の説明を聞いてくれるのだろう。

山本文緒『自転しながら公転する』(文庫) 新潮社 2022年 315頁

ここは、現在独身である私が、果たして一生このままで良いのだろうか?と独身を悩む理由の一つでもあったので、やはり直面する課題だよなとグサッときた。一人で生きていくということは、こういう時ですら当たり前だけど一人な訳で、そう思うと本当に心細い気持ちになる。自分のことを心配してくれる人もいないわけで、手術の手続きも、退院の手続きも当然自分で行い、家に帰る時も、そして帰ってからも一人。こんな未来を、私はこのまま独身だった時に、受け止められるだろうか。

両親の老いを、それに伴う病気を、そしてその先にある死を、自分ひとりだけで受け止められる気がしなくて、一緒に受け止めてくれる人がほしかった。

山本文緒『自転しながら公転する』(文庫) 新潮社 2022年 320頁

これもまったくそうである。この歳になると、本当に色んなことがじわじわと現実味を帯びてきて、いつもはなんてことないのに、夜眠る前とか、ふとした時に急に不安になってくる。結婚したからといって、幸せになるとは限らないけれど、私が結婚に期待する一つは、何かが起きた時に一緒に受け止めてくれる人がいることの心強さだよな、と思った。

 

自分に責任を持つということ

都が貫一との子供を妊娠しているかもしれない、という場面。それなりの年齢であるけれど、寛一との付き合いは将来を見据えた堅実な付き合いとは言い切れず、どこか曖昧な関係だったところに、急に現実的な問題が降りかかってくる。

いや違う、そよかが言っていたように、この不安は自分への不安だった。自分が今の状態で子供を産んで育てられるとはとても思えなかった。誰かの人生を支えるどころか、自分自身が本当のところ、まだ他者からの庇護を求めているのだ。

山本文緒『自転しながら公転する』(文庫) 新潮社 2022年 377頁

何も決められない。臆病な子供だ。自分の人生なのに誰かが何とかしてくれると思っている。

山本文緒『自転しながら公転する』(文庫) 新潮社 2022年 384頁

都はここから、極論、死にたいとまで思ってしまうわけで、そんな大袈裟な…と思えたけれど、その大袈裟さは痛いくらいに分かった。

その後も彼女は、貫一と将来について話す中で喧嘩になった時に、どうやったら幸せになれるか分からない、不安だ、みんな意見が違って分からなくなる、と声を荒げる場面が出てくる。上記の引用にもある彼女の「不安」はどこからくるのかというと、結局は自分の軸の無さではなかろうかと思った。

これもまた私自身に重なるので偉そうなことは言えないけれど、みんな(周囲)の自分(都)に対する意見が様々であるがゆえに何が正しいか分からなくなる、というのは、判断基準を周囲にしているからだろうと思う。かと言って、自分の価値観や意思で決めることも不安だし、そもそもが、自分の価値観や意思というほどのものが無いからこんなことになっているようにも思えた。

 

文庫版で追加されたプロローグとエピローグから見えたもの

私は単行本を読んでいないので、プロローグとエピローグが文庫化にあたって追加されたということを、読了後に知った。追加はいらなかったという意見もあるみたいだけれど、私はあってよかったのではと思う(それありきで読んでいるので、無いバージョンを考えられないというのも大きい)。

よかったと思う理由の一つは、物語を読み進める中で、この流れであのプロローグにどう繋がっていくのか?と気になりながら読めたのが、謎解きみたいで単純に楽しかったから。
それから、最終的に都と貫一がどうなったのかがはっきり分かってスッキリしたのも良かった。逆に言うと、エピローグのない単行本の結末は、読者の想像に委ねられる感じだったので、それはそれで読者一人ひとりに違う結末を感じさせることが出来て良いのかもしれない(私は、作者が終わらせてくれる結末が一番好きなので、本書に関していえば文庫本を読んでよかったのかもしれない)。

あんまり書くとネタバレになるので(とくにエピローグは結末でもあるので)細かくは書かないけれど、エピローグにはその人その人が持つ人間の本質のようなものが描かれていたと思う。人は根本的には変われないのかもしれないと思った。そして、人生は分かりやすいハッピーエンドではないよな、ということも感じて、現実的な描写も交えた結末が良いなと思った。まあでも、そう悲観的にならずとも、人間結局、どうとでもなるのかもしれないなという安堵も感じた。

 

作家の特徴を感じる

物語とはほとんど関係ないけれど、本作を読んでいて思ったのが、山本さんの表現の中で「土台が崩れてゆく」と言ったものがいくつか見られて、作家の特徴はこうして文章に表れるんだなぁと思った。特徴というほどのことではないのかもしれないけれど、彼女の中で不安定さを表す一つの言葉がこれなのかなと思った。同じような表現が他の場面でも使われていることに気づきながら読んだのは、初めてかもしれない。
最近、畑野智美さんの本を読んでも思ったのだけれど、この作家さんにはこういう特徴がある、というのが分かると、それはそれで面白いなと思った。

 

総括
自転しながら公転する、という不思議なタイトルや、背表紙のあらすじの軽快さ、帯に書かれた「恋愛、仕事、家族のこと。全部がんばるなんて、無理!」という悲痛な訴えのはずなのにちょっと明るいテンションの言葉、そういうものからイメージしていた内容より、はるかに重たい内容だった(帯のテンションは、なんか少女漫画の主人公が困ってるけど頑張るわよ!みたいな、そういう困難すら楽しむような雰囲気を感じたので、まさかこんなずっしりくる話とは思わなんだ…)

特別に何か重たい出来事(難病とか災害とか事件とか)が起こるわけではなく、32歳の女性が仕事に恋に家族に、いろんなことに悩む姿を描いただけの話。それでも、こんなにも重く感じるというのは、人生は劇的なことが起きなくても、当事者にとっては充分劇的なんだろうと思った。

私だけではなくたくさんの読者に支持されているというのはつまり、それだけ多くの女性が、こういう側面を持ちながら生きているということだと思った。重たい内容だったけれど、読後に清々しさを感じたのは、自分だけがこんな人生なのかもしれない、という不安が少し払拭されるような感覚があったからかもしれない。

そうそう。巻末に書かれた藤田香織さんの解説もとても良くて、これを読んで私はこのあと「ブルーもしくはブルー」を読んだ。その感想も書けたらいいな。そして今は「絶対泣かない」を読んでいる。見事に山本文緒さんに沼ってしまった。

お亡くなりになられているのが残念で仕方がないけれど、彼女が残したたくさんの作品たちにこれから出会っていき、もっともっと山本文緒という作家を知りたいと思うこの頃。